右
のグラフは、1998年の一般企業とマスコミ系企業のOL各50名の『タコ塩』(=塩で食べる鮨)体験度を示したものです。一般OLはともかくとして、マスコミ業界の女性でも34%しか、鮨を塩で食べた経験が当時はありませんでした。実は塩で鮨を食べることが普及する直接のキッカケになった出来事があったのがこの前年、97年のことであり、この98年というのは普及の途上だったのです。
その直接のキッカケとは、97年4月の塩の専売制廃止でした。専売制が廃止されたおかげで、化学的に成分抽出して作られていた味もそっけもないNaClではなく、旨味成分が十分に生きた天日干しの塩が日本各地で作られ、また外国からも美味しい塩がドンドン輸入されるようになりました。そこで起こったのが「塩ブーム」です。デパートは食品売り場に国内外の美味しい塩を並べ、ポテトチップまでが「赤穂の甘塩使用」などと声高に謳うようになりました。こうなると、お鮨屋サンも手をこまねいているわけにはゆきません。
考
えてみれば、鮨というのは、あれだけ材料にバリエーションがあるのに、客に与えられた味つけの手段はしょう油だけ。しょうゆ味ばかりがつづくと、合間にサッパリした塩味を口にしたくなるのは人情というもの。今では東京のお鮨屋サンにすっかり浸透した芽ネギのにぎりも、そういう発想で作られたと聞きます。また、昔から多くの鮨好きが「タコは塩で食べた方が旨い」と言っているのも事実です。それに何より、鮨屋のカウンターで「タコをにぎって。それと、小皿にお塩を」なんて注文できたら、通っぽくてカッコいいじゃないですか。
そうした事情で、『タコ塩教』は急速に広まっていったのです。
と
ころで、その昔、江戸の街は、しょう油の一大産地である野田を背に控えていたため、塩よりもむしろしょう油の方が安く手に入りました。関東の和食が、かけそば・かけうどんから、うなぎ・どぜう・深川丼に至るまで、すべて濃いしょうゆ味なのはそのため。そして、その野田のしょう油に、東京湾の豊富な魚介類と伊豆半島のワサビが合体して生まれたのが、江戸前の鮨。つまり、江戸前鮨としょう油とは、文化的に切っても切り離せない仲なんです。
今日、東京のお鮨屋サンには二つのタイプがあります。一つは伝統的な江戸前鮨。保存をよくするため、マグロをしょう油に漬けたり、コハダを酢でシメたり、ネタにいちいち「仕事」をほどこしている鮨屋がコレ。もう一つは、冷凍や運搬の技術の進歩により、「仕事」をほどこさなくても生魚をそのまま客に出せるようになったために登場した活魚中心の鮨屋(屋号に「勘」の字のつく、のれんが細い墨文字の鮨屋サンがその代表です)。今日、東京で鮨を塩で出す店は、当然こちらのタイプです。
江
戸前の伝統を頑なに守る、弁天山美家古サンとか、人形町喜寿司サンに、『タコ塩』ブームについて訊くと、「塩ですか? 活魚をそのまま使うような今どきのお鮨屋サンには合うかもしれませんが、ウチは...」とキッパリ。そうした店で、若いアナタが軽々しく塩を注文すると、回りの年配客に睨まれて右のマンガのような結果になりかねず、決してカッコよくはありません。
では、そういう怖い江戸前の老舗を避けて、通い馴れた近所の鮨屋で試せばいいか、というと、そうとも言いかねます。
塩は、素材の味をひきたてる調味料ですから、素材、すなわち魚の質が悪いと、まずさばかりが目立ってしまいます。その上、鮨めしも適当な米と酢を使っていたりすると、それはもう泣きたくなる様なマズさ(皮肉なことに、たいていの場合、老舗の江戸前鮨の法がネタもシャリもいいようです)。結局のところ、鮨に塩をつけて食べるかどうかは、店の方針に任せるのが一番。いたずらに適当な店で食べるのが無難です。下に『タコ塩』導入店をリストアップしておきましたので、まずはそちらでお試しください。どうせなら、パパにおねだりして、トップの久兵衛に行かれることをお勧めします。
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鮨店でよく使われるのが、宮城の高級天日塩の「極楽塩」。粒子が細かいので、ネタによく馴染みます。粒子の粗い粗塩は魚をいじめる(塩でしめる)のに使います。
銀座『久兵衛』は、クリントン前大統領も訪れた超高級鮨店。握り鮨にウニとイクラを初めて使った店としても有名。ここで穴子を注文すると、1貫分はツメ(甘みのあるタレ)で、半貫は塩で、半貫はそのままで出てきます。勘定は半端でなく高いので、オヤジと一緒にどうぞ。
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