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ホイチョイプロダクションズの東京コンシェルジュ 『大人区』『ティーン区』の分化著しい表参道。2005年11月末から2カ月足らずの間にカルティエ・ブティック、エチカ、表参道ヒルズと複合商業施設が連続オープン。『大人区』に大変化が起こります。
 江戸時代の原宿は、北斎が『富嶽三十六景』の原宿の景色に田んぼと水車を描いたほど、のどかな田舎の村。
明治維新直前まで、徳川家から土地を与えられた伊賀忍者が住み、米作に励んでいたといいます。そんな忍者の里の丘上に、亡くなった明治天皇の神霊を祀(まつ)る神社、明治神宮が造られたのは1920年(大正9年)のこと。それに合わせて、東京市が参道の整備を行います。
小平一雅  元日の朝、原宿駅前の歩道橋から表参道の青山通り(246)方向を眺めているとわかることですが、初日の出は、正面のビルの屋上のサマンサタバサとバーバリーの看板の間から昇ります。つまり、表参道は初日の出が明治神宮に一直線に差し込むように設計された通りなのです。
そんな表参道が2005年暮れ、大きく変わります。今回は、表参道の大特集です。


東大震災が東京を襲った2年後の1925年11月、表参道(当時から、今と同じ幅と長さだったそうです)沿いに138戸の『同潤会』青山アパートが完成。『同潤会』とは、世界各国から日本に寄せられた震災の義援金を元手に設立された財団法人で、震災で家を失った東京市民のために、当時としては最先端のモダンな耐震・耐火アパートメントを東京・横浜の計16カ所に建設。その第1号が表参道の青山アパートというわけ。そして、このオシャレなアパートの存在が、その後の表参道の街の雰囲気を決定づけます。


2次世界大戦後は、山手線・原宿駅をはさんで表参道と反対側の今の代々木公園の場所に、アメリカ進駐軍の将校住宅、ワシントンハイツが建設され(東京五輪前に調布に移転)、米兵が運転するシボレーやビュイックが表参道を走り回り、通り沿いに米兵相手のスーパーやダイナー、骨董品店、みやげもの店が続々誕生(キディランドもそんな店の一つです)。1958年には、今(05年現在)はGAPのショップが建つ明治通りとの交差点の角にマンションという言葉が普及する以前の東京で最も豪華なアパート、原宿セントラルアパートメントが建ち、表参道には東京の大人のオシャレ人種が続々と集まり始めます。


同潤会アパート
表参道ヒルズの端に再現された同潤会アパート。同潤会アパートの壁は80年前にできた当初は白に近いクリーム色だったのが、1945年5月25日の山の手大空襲の戦火で焼けて、焦げ茶色になってしまったのだそうです。
70 年代に入ると、この界隈にはパレフランス(73年)、ラフォーレ原宿(78年)といったファッション・ビルが続々と誕生し、当時創刊間もなかった女性誌のアンアンやノンノがたびたび原宿特集を組み、デザイナーの卵たちがこぞってこの地を目指し、表参道は東京のファションセンターの役割を担うようになります。

、80年代初め、竹の子族の登場とともに、原宿の中心は表参道から竹下通りにシフト。その竹下通りにファーストフードやタレントショップが林立し、原宿を訪れる客層は、年齢が一気に低下。煽りを受けて、表参道のファッション性も急降下し、街はしばらく低迷をつづけます。

表参道MAP

御幸通り開発プロジェクト
香港系の投資会社ヴェロックスが建設している『御幸通り開発プロジェクト』。右のガラス張りの建物がカルティエ・ブティック。ヴェロックス社は、02年竣工の『ヴェロックス28』(原宿駅寄りの表参道沿いのガラス張りのビル)を建設したほか、04年11月には、プラダのビルを取得。06年には明治通りを渋谷方向に少し行った先に商業ビルをオープンさせる予定。表参道一帯を着々と手中に収めています。
90 年代後半、青山通りに近い坂の頂上付近にグッチのショップができた頃から、ようやく流れが変わり、青山通り(246)寄りに海外ブランドの旗艦店が続々出店。表参道は大人のショッピング・ストリートとして、再びその価値が見直されるようになりました

も原宿では、10代の若者はJR原宿駅で降りて、竹下通りや表参道を明治通りまで下り、そこから少し上がって、キャットストリートまでは行きますが、それより上には決して行きません。一方20代後半以上のOL層は、JR原宿駅は決して利用せず、地下鉄表参道駅で降りて、表参道をキャットストリートまでは下ってゆきますが、それより下には決して行きません。つまり今の表参道は、キャットストリートを堺に、大人と子供の潮流がぶつかり合う商業(マーケット)的にとてもおいしい漁場なのです(左図・MAP参照)。

ャットストリートより青山通り寄りを『大人区』、原宿駅寄りを『ティーン区』と呼ぶとすれば、ここ数年、大きな変化がつづいているのは『大人区』の方。そして、2005年暮れから2006年2月にかけて、『大人区』はさらなる変化を遂げようとしています。

ず、2005年11月26日、表参道の延長線上の、根津美術館に至る御幸通りのプラダのすぐお隣に、複合商業ビル『御幸通り開発プロジェクト』がオープン。香港系投資会社ヴェロックスが建設しているこの複合施設は、建物自体がブリリアント・カットのダイヤモンドをイメージして形作られた地上2階・地下1階のカルティエのブティックと、それを包み込むようにして建つメイン・ビルから成り、後者にはクロエ、宮村浩気のヘアサロン、現代フレンチを代表する3ツ星シェフのピエール・ガニエール(4Fが68席のメインダイニング、屋上はデザートカフェ兼ワイン・バーになるそうです)等が入る予定。このユニークなデザインの商業施設が表参道の新たな大人文化の中心となることは、間違いありません。

らに、2005年12月2日には、地下鉄・表参道駅のB1・B2の改札内外通路に26のショップ(うち飲食店が15)を集めた商業施設『エチカ』がオープン。こちらは、ターゲットを完全にOLに絞り(表参道駅は女性の乗降客の方が多い珍しい地下鉄駅です)パリのシャンゼリゼの雰囲気を出すために、床も壁も天井も、フレンチっぽいカラーリングと素材で統一。地下鉄駅の構内らしからぬこの商業施設には、クリエイト・レストランツの6つの飲食店を始め、グラナダの新業態の立ち食いそば店、紀ノ国屋のジュースバー、資生堂のエステティックサロン等が入る予定とか。

して、2006年2月11日には、かつての表参道のシンボル同潤会アパートがあった場所に、複合商業施設、表参道ヒルズがオープンします。表参道の欅並木に合わせてビルの高さを3階に抑えたこの施設は、表参道の坂道に面して270mにわたって間口を広げたかつて例のない超斜めで超細長い建物。オフィスは一切なく、38戸の住居(うち、23戸は元々の地権者のもので、新規賃貸は15戸)と、約90の店舗、200台の地下駐車場で構成されます。

心となるのは青山通り寄りの東棟で、中でも目玉は表参道と同じ勾配の1本の坂道が螺旋状に700mつづくスパイラル・スロープ(頂上にリンゴを置いたら地下までノンストップで転がり続けそうな感じです)。このスロープに面して、かつての表参道文化を継承する店が軒を並べ、客は表参道の坂道をゆっくり上る感覚でショッピングを楽しむことができます。設計者は安藤忠雄。オープン後には世界中から建築関係者が見学に来ることでしょう。

れら3つの新しい施設に共通して言えるのは、とことん大人向けということ。2005年のクリスマスは1999年以来途絶えていた欅並木のイルミネーションも6年ぶりに復活の予定だとか。表参道『大人区』も、あの頃より6つ歳をとった大人のカップルで賑わうに違いありません。


表参道ヒルズの外観
全長270mの表参道ヒルズは、真上から見ると庖丁型。柄にあたる部分が西棟で、刃の部分が東棟。坂に面した1階は勾配をつけ、上の住居階の床は水平を出す、という困難な条件を見事にクリアしています。
エチカ全体図
地下鉄表参道駅の改札内に5店舗、改札外に21店舗のショップが並ぶ『エチカ』は05年12月2日に全体の8割がオープン。駅全体のリニューアルが完了するのは06年3月の予定とか。ちなみに次にご紹介する表参道ヒルズとは直結していないそうです。

表参道ヒルズ
06年2月完成の『表参道ヒルズ』の最大のウリは、地下3F・地上3Fの大吹き抜けを囲む、表参道とまったく同じ20:1の勾配の1本の坂道が螺旋状に折れ曲がりながら700m(明治通りから青山通りまでの距離と同じ)つづく、スパイラル・スロープ。このスロープに面して店舗が並びます。ショップは11時から21時まで、飲食店は23時ラストオーダーで24時までの営業。大筋、B1が国内のとんがったブランド、1Fがインポート・ブランド、2Fがメンズ、3Fが飲食店という構成になります。
表参道に入る主なショップ一覧
更新日2005年11月13日
森ビル 免責事項 J-wave