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ホイチョイプロダクションズの東京コンシェルジュ アラン・デュカス対ジョエル・ロブション
フレンチの世代間抗争が東京に飛び火!?
 フランス料理界の2つの世代を代表する2人の巨人、ジョエル・ロブションとアラン・デュカスが2004年12月、恵比寿に『シャトー・レストラン・ジョエル ロブション』、銀座に『ベージュ東京』と、超高級フレンチを相次いで出店。 但し、2人の店への関わり方には温度差があるようで、アラン・デュカスは、正月にTBSで放送されたテレビ番組の中で「自分がシェフコートを着るのは、モナコとパリとNYだけだ」と公言。あたかも「銀座の店はオレは関係ないのよ」と言っていたのに対し、ロブションの方は日本語のホームページを作るなど、ヤル気まんまん。
 (デュカスのホームページには、東京店に関する言及店はまったくありません)

小平一雅  今回は、この2人の東京フレンチ対決にスポットを当ててみました。
004年12月11日、恵比寿ガーデンプレイスの『タイユヴァン・ロブション』が、サッポロからフォーシーズの経営に変わり、共同出店の一方の『タイユヴァン』が手を引き、『シャトー・レストラン・ジョエル・ロブション』として再オープン。2階のメイン・ダイニングのメニューが大幅に変わり、夜はアラカルトなし、一口サイズの料理が18皿出る3万5000円の1コースのみとなりました。頻繁に変わる皿に対応するため、グラス・ワインが2000円から用意されていますが、ワインをグラスで済ませても勘定は2人で9万円は下りません。
 一方、2004年12月4日にオープンしたシャネル銀座ビル10階の『ベージュ東京』は、アラン・デュカスがシャネルと共同プロジェクトで出した店で、こちらはアラカルトもあるものの、夜のコースは1万7000円と2万2000円。こちらもワインを飲むと勘定は2人で7万円は越えてしまいます。
 こうした東京屈指の高級フレンチを同時に出店した、ジョエル・ロブションとアラン・デュカスという2人の有名シェフの間には、実は浅からぬ因縁があります。

ョエル・ロブションは1945年生まれ。15歳から料理修行を始め、1966年、21歳でパリの実力店『ベルクレー』に入店。この店の厨房には若き日のアラン・サンドランス、アンリ・フォージュロンの2人もいて、ロブションを含めた彼ら3人が、ヌーベル・キュイジーヌ(新しい料理)の中心的役割を果たします。

は少しさかのぼりますが、今日のフレンチの土台を築いたのは、第2次世界大戦前の3大料理人、フェルナン・ポワンアレクサンドル・デュメーヌアンドレ・ピック。中でも、リヨン近郊のヴィエンヌで『ラ・ピラミッド』という店を開いたフェルナン・ポワン(1897〜1955)のもとには、1950年代に、アラン・シャペルポール・ボキューズトロワグロ兄弟など、錚々たる顔ぶれが集まりました。ポワンの革新的部分を吸収した彼らは、独立後もリヨン周辺に店を持ち、情報を交換し、新しい素材や技法の開拓に努めます。この活動が70年代初めにパリのロブションらに飛び火し、やがて全国に波及。これがヌーベル・キュイジーヌです。
 この活動により、フランス料理は濃厚なソースに依存した従来の技法から脱却し、素材本来の性質を活かした「軽い」味の料理が次々に誕生。また、それまで暗い舞台裏だった厨房が清潔で合理的な作業場に変わり、雇われ人だった料理人がオーナーシェフになるなど、改革は店全体に及びました。

974年、ロブションはパリ最初の超高層ホテル、コンコルド・ラ・ファイエットの総料理長に28歳の若さで就任。4年後、ニッコー・ド・パリ内のレストラン『レ・セレブリテ』に移籍し、この店で、ホテル内のレストランにはことのほか厳しいとされていたミシュランで初めて2ツ星を獲得。料理界を騒然とさせます(ロブションが日本に特別な思い入れを持っているのは、日本資本のホテルで名声を得たことに一因があるようです)。36歳でロンシャン通りの名店『ジャマン』を買い取って独立。3年でこの店を3ツ星レストランに育て、やがて店をポワンカレ通りに移転させ、店名を『ジョエル・ロブション』と変えますが、つねづね公言していた通り、1996年、50歳のときにスパッと引退(彼が現役に復帰したのは、六本木ヒルズとパリに同時にテーブル・スタイルの店を出した2003年です)。
 ロブションの引退後、このポワンカレ通りの店を譲り受けたのがアラン・デュカスでした。

ュカスは、ロブションより11歳年下の1956年生まれ。22歳で、リヨン近郊のアラン・シャペル(1937〜1990)の店に入店。その後、パリのラ・テラスという店を2ツ星に導き、1987年からは、モナコ国王レーニエ公の肝いりで作られたモナコのホテル『オテル・ド・パリ』内のレストラン『ル・ルイ・ケーンズ』のシェフに就任。この店で、パスタ等を取り入れたイタリア色の強い独特な地中海料理を展開し、ホテル内のレストランとして、ミシュラン史上初めて3ツ星を獲得。さらに前述の通り、パリのポワンカレ通りのロブションの店も買い取って、こちらも3ツ星を獲得。初の6ツ星シェフになります。

ラン・デュカスは、言ってみればポスト・ヌーベルキュイジーヌ世代の代表。デュカスは「ヌーベル・キュイジーヌ?それがどんなものか私は知らない。料理にはよい料理と悪い料理があるだけだ」と言ったそうですが、この言葉には、ある意味、ロブション世代への対抗意識がありあり。
 こうした背景をふまえた上で2人の店を訪れれば、興趣も一層増そうというものです。
 ちなみにデュカスの方は、2月に青山の国連大学近くに竣工するラポルト青山の10・11階にも店を出す予定でしたが、何がトラブったか、店のオープンは5月以降にズレ込んだそうです。

ジョエル・ロブション
アラン・デュカス
ジョエル・ロブション アラン・デュカス
1945年(現在59歳) 生年 1956年(現在48歳)
フランス中部、ポワティエ 生地 フランス南西部、カステルサラザン
15歳 見習開始年齢 16歳
ベルクレー 主な修行先 アラン・シャペル
24歳 総シェフ就任年齢 24歳
39歳 3ッ星獲得年齢 33歳
パリ『ジャマン』 3ッ星獲得店 モナコ『ル・ルイ・ケーンズ』
海外
『ラ・ターブル・ドゥ・ジョエル・ロブション』(パリ)
『ラトリエ・ドゥ・ジョエル・ロブション』(パリ)
『ジョエル・ロブション・モンテカルロ』(モナコ)
現在展開中の
主な店
海外
『ル・ルイ・ケーンズ』(モナコ)
『レストラン・プラザ・アテネ』(パリ)
『アット・エセックス・ハウス』(ニューヨーク)
日本
『シャトー・レストラン・ジョエル・ロブション』
『ラトリエ・ドゥ・ジョエル・ロブション』
『サロン・ドゥ・テ』(日本橋高島屋内))
『59ポワンカレ』(パリの一軒屋レストラン)
『イル・コルティーレ』(パリの創作イタリアン)
『オ・リヨネ』(パリのリヨン料理店)
『スプーン』(舞浜は閉店するも、7都市で展開中)
『ミックス』(ニューヨークの新ライン)
『ラ・バズティード・ド・ムスチエ』『オステリー・ド・ラベイ・ド・ラ・セル』『ランダーナ』『オスタペ』 (以上4点はヨーロッパ各地のオーベルジュ)
日本
『ベージュ東京』
シャトーレストラン・ジョエル・ロブション
『シャトー・レストラン・ジョエル・ロブション』(恵比寿ガーデンプレース内 TEL:03-5424-1338)は、3階が個室、2階はメイン・ダイニングとラウンジ(ラウンジだけの利用も可)。1階は、コース1万2000円でアラカルトもある『ラ・ターブル・ドゥ・ジョエル・ロブション』に(メニューは8割方、六本木ヒルズ店と同じ)。2階のシェフは『タイユヴァン…』時代と同じアラン・ベルゼロリ。改装を手がけたのは人気デザイナーの森田恭通。ホテルの宴会場みたいだった2階は面白くなりましたが、ラウンジと1階は改悪です。

ベージュ東京
『ベージュ東京』(中央区銀座3-5-3 シャネル銀座ビル10F TEL:03-5159-5500)の内装はシャネルのテーマ・カラーのベージュを基調としたシンプル・モダン。シェフは2年で撤退したデュカス経営の舞浜『スプーン』の元シェフ、ダヴィッド・ベラン。彼の料理はイマイチだが、窓外の夜景(壁2面がガラス張りで、意外なほど東京タワーがよく見える)や、シャネル・マークを刻印したショコラ、カール・ラガーフェルドがデザインしたユニフォーム等、オシャレな仕掛け満載。味以外は最高!

ラトリエ・ドゥ・ジョエル・ロブション
六本木ヒルズ内の『ラトリエ・ドゥ・ジョエル・ロブション』(TEL:03-5772-7500)は、開店当初は予約を受けず、客を並ばせていましたが、今は1回転目に限って予約可。

更新日2005年2月6日
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