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 2004年3月30日、日本橋の旧東急デパート跡地に複合商業施設『コレド日本橋』がオープン。4月21日には高島屋デパートがリニューアル。この後も日本橋周辺では、秋に三越の新館が完成。2006年には、室町三井ビル内に、香港のホテル、マンダリン・オリエンタルが進出。新しい拠点が続々と誕生する予定です。

小平一雅  元々、日本橋のある中央区は、日本橋区と京橋区が合併してできた区。日本橋区の人々は自分達の地名にことさら愛着が深かったようで、今も茅場町、人形町、兜町といった旧日本橋区の町は、正式には日本橋茅場町、日本橋人形町、日本橋兜町というふうに、必ず町名の上に日本橋がつきます(旧日本橋区で、上に日本橋がつかないのは、八重洲だけです)
 今回は、そんな誇り高き商業の中心地、日本橋のお話です。
本橋の架かる川(日本橋川)は、水道橋で神田川から分かれて隅田川に流れ込む、神田川の一支流。15世紀末、この川を拡幅して海運のための運河としたのは、江戸城を築城した太田道灌。江戸時代に入ると、今の日本橋のたもとに魚河岸が開かれ(関東大震災前まで、東京の魚河岸は日本橋にありました)、各地からの千石船も上ってきて、ここに海運の一大拠点が誕生します。
 1603年、それまでは、今の青山通りを経由して江戸に入っていた東海道が、日比谷湾が埋め立てられたおかげで、品川・銀座経由で京橋に至るようになると、徳川幕府は、今の日本橋の位置に大型の船もくぐれる橋を架けます。日本橋は架橋当初から、江戸の陸と海の玄関口だったわけです。
 翌1604年、徳川幕府は、江戸が日本の中心であることを国中にアピールするため、五街道の起点を日本橋と定め、各街道に日本橋までの距離を示した一里塚を建て、日本国民全員に日本橋という橋の存在を知らしめました。

がてこの界隈には、大判・小判金貨を鋳造する金座が置かれ、隣の人形町に遊郭街・吉原が生まれ(後に台東区千束の今の場所に移転。今の吉原が新吉原と呼ばれたのに対し、人形町界は元吉原と呼ばれました)、日本橋の両側には各種小売業が出店、この街は「一日に千両が落ちる」と言われる、江戸きってのショッピング・エリアに発展します。
 今も日本橋には、当時の名残りとして、紙のはいばら、刃物の木屋、漆器の黒江屋、扇子の伊場仙、果物の千疋屋といった江戸以来の老舗が点在。また、ふとんの西川、お茶の山本山、菓子の榮太樓、鰹節のにんべんなど、江戸時代から始まって全国規模の企業に成長した日本橋発祥のいわゆる『大店(おおだな)』も、本店を置いています。

ういった大店群の中でも、最も「日本橋的」と言えるのが、関西から進出してきた越後屋白木屋高島屋などの呉服店でしょう。明治に入ると、これらの呉服店は、越後屋が1904年(明治37年)にデパートメントストア三越となったのを皮切りに、次々にデパートに商売替え。日本のデパートは、三越・高島屋・大丸を始めとする旧呉服店系と、後からできた阪急・西武・小田急などの電鉄系に大別されますが、前者の発祥がこの日本橋。日本橋は、老舗の高級デパートに代表される高級小売りの街として、大正・昭和期もその地位を保ちつづけます。

高度成長期を過ぎ、消費の主役が金持ちから大衆に移ると、日本橋のデパートは、新宿・渋谷・池袋の副都心の新興デパートに徐々に客を奪われ、1967年には、江戸時代の呉服店からつづいた白木屋デパートが、東急デパートに身売り。街の人出は急速に減少してゆき、その東急デパートも1999年1月で閉店。

んな傾向に歯止めをかけるため、三井と東急が手を組んで、東急デパートの跡地に建てたのが、話題のコレド日本橋です。このビルは地上20階、地下4階。地下1階から4階までが33店舗の商業エリア。それより上は、メリルリンチ証券を始めとしたオフィス・フロアという構成。
 今日の日本橋は、日本経済の中心・兜町、ビジネスの中心・大手町に挟まれた、大人の、それも男の文化の街で、年配の男性客が圧倒的に多いのが特徴。逆にそのことが、日本橋の街を東京の他のどの盛り場とも違う落ち着いた大人文化の町にしているわけですが、コレド日本橋も例外ではなく、ネクタイ姿の男性客が目立ちます。

業エリアの33店舗には、地元の要望もあって、セレクトショップのユナイテッドアローズや、ソニプラの大人向け新業態セレンディピティ、おもちゃのタカラの新業態ガレージなど、日本橋という土地柄に合った大人の店が集められました。服飾系の店が弱いのは女性にとっては気になるところですが、セレンディピティ、ガレージの2店(イラスト参照)は、大人のカップルが行っても十分に楽しい店。規模は小さくても、六本木ヒルズより買い物しがいのある店が集まったと言えます。

地裏に平面的に老舗が点在する日本橋は、最新の複合商業施設にはない散歩の楽しさが味わえる街。コレド日本橋に来たついでに、橋の周辺の記念碑を見学し、はいばら・木屋・伊場仙を覗き榮太樓でお茶をする、といった江戸体験ツアーはいかがでしょう。
 2004年3月18日からは、無料バスが東京駅八重洲口を起点に15分おきに旧日本橋区内を回っています。都心がガラ空きになるゴールデンウィークに一度お試しください。

はいばら』(中央区日本橋2-7-6 TEL:03-3272-3801)は1806年創業の手すき和紙の専門店。結婚式のご祝儀袋は、近くのコンビニで済ませず、日本橋の『はいばら』まで足を運んで、本式の袋を買うのが東京のクラスライフというものです。

三越日本橋本店』(日本橋室町1-4-1 TEL:03-3241-3311)は、現在、隣接の新館を取り壊し、13階建ての『新・新館』を建設中。オープンは2004年10月頃。右上に覗いているのが、マンダリン・オリエンタルが入る予定の38階建ての室町三井ビル(仮称)。


セレンディピティ』(コレド日本橋3F TEL:03-5205-0011)は、ソニーの前身である東京通信工業が、1946年に、旧白木屋デパートの3階で産声を上げた縁で、コレドの3階に出店したソニープラザの大人向け新業態。
3階700坪のスペースにコスメ、家庭雑貨、食品など3000点以上の商品が並ぶ他、ネイルサロン、フェイシャル&ボディのトリートメントサロン(上図)やカフェ(下図)も併設。いくらでも時間をつぶすことができます。

ガレージ』(コレド日本橋1・2F TEL:03-3510-2288)は、チョロQの公道を走れる電気自動車版『Q-CAR』のアンテナ・ショップを兼ねた、300坪の大人向け玩具店。経営はタカラ。気のきいた輸入玩具を数多くとり揃えています。

更新日2005年5月2日
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