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『スフレ』というフランスの温かいデザートをご存知でしょうか? 簡単に言えば、カスタードクリームにメレンゲを加え、加熱して膨らませたもの(『スフレ』とはフランス語で『膨らんだ』の意味です)。

小平一雅  材料が単純な割りに、むちゃむちゃおいしいデザートなのですが、配合や調理に細心の注意を払わないと口の中でフワッと溶ける独特の舌触りが生まれないうえ、作るのに時間がかかるため、効率が優先された90年代の東京のレストランからは姿を消していました。が、最近になって、スローフードの流れと、温度管理がしやすいコンベクション・オーブンの普及のおかげで、スフレを出す店がまた増えているようです。
 今回は、フランスを代表するスィーツ、スフレのお話です。
京で一番おいしいスフレを出す店と言えば、ズバリそれは、ホテルニューオータニ内のフランス料理店、ラ・トゥール・ダルジャン――どんな食通もこの件については異論はありますまい。
 ご承知の通り、同店はパリ・セーヌ河畔で1582年から営業をつづける超老舗の東京支店で、一番のウリは鴨料理。1984年にニューオータニ内に出店する際は、鴨料理のために特別製オーブンをフランスから12基持ち込んだと言います。そうした鴨料理で培ったオーブン調理技術を活かし、東京店では開店以来、メニューに超絶技巧的スフレ(図参照)を絶えることなく載せつづけてきました。スフレだけでも食べに行く価値のあるレストランと申せます。

してもう一軒、スフレを語る上で欠かせないのが、西麻布で1985年から営業している日本唯一のスフレ専門店、ル・スフレです。スフレは調理に30分以上かかるため、レストランでデザートとして食べるときは、必ず前もって料理と一緒に注文しなければならないのですが、この店では、さまざまな研究努力により、どんな高級レストランにもひけを取らないスフレを、注文から15分で出せるようになりました。
 この店のスフレの特徴は、後からソースをかけることで味にバリエーションを持たせたこと(生地は3種類、ソースは20種類!)。東京ではこの店で生まれて初めてスフレを食べたという女性が多く、中には、スフレは後からソースをかけて食べるものと思い込んでいる方もいらっしゃるようですが、あれはル・スフレのオリジナルです。

フレの基本的な作り方は、牛乳と生クリームを熱し、それとは別に卵黄と砂糖と小麦粉をよく混ぜ、これらを一緒にして再び火にかけ、それを冷ます――こうして作った生地が、いわゆるクレーム・パティシエール(=カスタードクリーム)。ここまでは作り置きが可能ですが、この後、卵白でメレンゲを作り、それを少しづつ生地に加えてよく混ぜ、オーブンで焼くという作業は、注文を受けてから行わなければなりません(それに30分近くかかるわけです)。オーブンを使うため、他のオーブン料理と同時に作ることはできませんし、客席に出すタイミングを計るのもタイヘン、作り直すには時間がかかり過ぎるので失敗は許されません。レストランにとっては、いろいろ面倒なデザートなんです。

ころで、1970年代以前の東京には、フランス料理店と言えば、安い店は一軒もなく、帝国・オークラ等の一流ホテル内の店か、あるいはシドレカンマキシムといった超高級店ばかり。そういう店は客単価が高く、規模も大きかったので、パティシエを置く余裕があり、常時スフレを作ることができました。従って昔の東京のフランス料理店には、スフレは必ずあったのです。

もそも、フランス料理店のメニューには、昔は、肉料理・魚料理とは別に、卵料理という項目が必ずあり、炒り卵だけでも数種類、そのほか、オムレット、皿焼き(シェル・ル・ブ・ラ)、揚げ(フリ)、型ゆで(アンココット)、固ゆで(デュール)、半熟等々(モーレ)、多様な卵料理が作られ、卵料理はフランス料理の代名詞と言われていました。ですから、卵を使ったスフレもフランス料理店にはつきもの。ところが、1980年代に入り、ヌーヴェル・キュイジーヌの時代になると、卵料理全体が何か野暮ったいものとして敬遠されるようになります。

時期、東京では、フランス修業第一世代が次々に帰国して、それまでの高級店とは違う、若い世代向けのビストロを開くようになりました。そういう店の厨房は、空間的にも人員的にもスフレを作る余裕はなく、デザートは、作り置いたケーキ類をワゴンで客席に運んで選んで貰うスタイルが主流となり、スフレは、東京のフレンチから急速に姿を消してゆくことになります。

、今はスローフードの時代。東京にも、麹町のオーグードゥジュールや六本木 ヒルズ内のオリーブス等、新しい店でデザートにスフレを出すレストランが、ポツポツ生まれてきています。
 前述の通り、材料はいつでも店にあるものなので、人員とオーブンを割きさえすれば、スフレは作ろうと思えばいつでも作れるもの。実は、メニューには載せていなくても、ひらまつプティポワン等の一流の老舗は、いつでも作ってくれます(但し、そんなわがままが許されるのは、よほどの常連に限られますが…)。高級フランス料理店の行きつけになって、メニューにはないスフレを注文する。マダムの東京ライフの究極の目標の一つではないかと存じます。



ラ・トゥールダルジャンの『チョコレートとバニラのスフレ』は、1948年に英国エリザベス妃が同店を訪れた際に開発された、異なる2つの生地を同時に膨らませる超絶技巧のスフレ。但し6月から9月24日までははスフレ“ヴァルテス”に変わります。

赤坂のホテルニューオータニ・ロビーフロアの『ラ・トゥール・ダルジャン』(・3239-3111)は、昭和天皇も賞味した通し番号つきの鴨料理で知られる、パリの超高級フレンチの東京支店。昨年東京に赴任した本店の元副料理長フィリップ・ジェゴ(1966年生)は、東京では『ロオジェ』のジャック・ボリーの専売特許だったMOF(フランス国家最優秀料理人賞)を、近年最難関と言われた2000年に取得した腕利き。食通の間では、この店の価値がにわかに見直されています。

『ル・スフレ』(・3477-3607)は西麻布の裏露地で1985年から営業。93年に外苑西通りを挟んだ反対側の今の場所に移転。トゥールダルジャン東京店の総支配人クリスチャン・ボラーも通うほど、味は本格的。夜は、料理のスフレも出しています。
麹町の旧日本テレビ社屋の裏の『オーグードゥジュール』(・5213-3005)は、銀座『オストラル』時代からスフレを手がけてきた中村保晴シェフの店。22席の小体な店ですが、スフレは常時メニューに乗っています。今一番勢いのあるフレンチです。

更新日2003年9月14日
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