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 ハモという魚をご存知でしょうか? 漢字で「魚」偏に「豊」と書いて、「鱧」。
 東京ではなじみの薄い魚ですが、京都の夏の食卓には欠かせない食材。京都では「ハモは梅雨の雨を飲んで脂が乗る」と言われ、一番美味しくなるのは、梅雨が明け、京都の町に祇園囃子が流れる頃。

小平一雅 この時期のハモは、脂は乗っていても味は淡泊。それでいてまったりした奥深い甘味があり、文字通り、豊かな味わいの魚になります。ことに、祇園祭のハイライトの宵宮の晩(2003年は7月16日)は、ハモの最大の旬。祇園祭りは京都では別名『鱧祭』とも言われるほど。このときは京都じゅうのヒトがハモを食べるため、日本中で値が上がるそうです。
 今回は、京料理の夏の華、ハモについてお話ししましょう。
モはウナギ目ハモ科の海水魚。早い話がウナギの親戚。ウナギ同様生命力が強く、水から上げても皮膚呼吸だけで24時間以上生きつづける上、仮に心臓が停止して脳死状態になっても、臓器はさらに長時間生きつづけると言います(もしも魚間で臓器移植手術をするとしたら、ドナーに最適の魚と申せましょう)。。
 考えてみれば、京都は海から遠く離れた内陸の盆地。交通の便も冷凍の技術もなかった昔は、京の都で食べられる魚と言えば、陸揚げと同時に塩でシメられた日本海の甘鯛かサバ(若狭湾から京都に至る国道367号線は、塩サバの輸送ルートだったため鯖街道と呼ばれています)、あるいは、生命力が強く活きたまま京都に運べた瀬戸内海のタコとハモ。これだけでした。ハモ料理が京都でポピュラーな理由はそこにあります。

モは昼間は海底の泥に潜って生活しているため、筋肉や背骨が強靱で、小骨も数が多く、一つ一つが太くてしっかりしています。そのため、ハモを調理する際は、どんな料理にするにせよ、下ごしらえとして『骨切り』が不可欠。骨切りとは、ぬめりを取った皮を下にして身をまな板に広げ、平行に細かく何度も包丁を入れて小骨を切る作業のこと。小骨は切っても、下の皮一枚は切らずに残さなければならないため、日本料理の包丁使いの中でも最も熟練を要する高等技術の一つとされています。一般的には、1寸の巾の身に18回、名人は1寸に24回包丁を入れるのだとか。行きつけの割烹料理店で、料理人がハモに包丁を入れるジョリジョリという音を聴きながら、密かに包丁の回数を数える--これが、食通の言う、『ハモ極楽』の境地だそうです。

モの骨切りのための専用の包丁を『ハモ切り包丁』と言います。刃渡りが長くぶ厚くて、重たいのが特徴。腕力で切ろうとすると骨がズレてしまうので、包丁の重みで切るのだそうです。
 約30年前までは、関西の料理人なら誰もが持ってるこのハモ切り包丁を、関東の料理人は誰も持っていなかったそうで、そのことからも、昔はハモが関東でいかになじみの薄い魚だったかが伺えます。

モは8月の産卵を控えて、6月から脂が乗り、7月が味のピーク。最上とされるのは瀬戸内海産、ことに淡路島の南の沼島(ぬしま・神話では日本で最初にできた島とされ、島の回りのドロドロした海底がハモの生息に最適と言われています)で獲れるハモ。但し、近年は漁獲がめっきり減っており、九州産、韓国産が幅を利かせています。瀬戸内海産は、値段はキロ当たり5000〜6000円。韓国産の値段はその半値。
 骨切りしたハモを湯に落とすと、身がまるで牡丹の花のようにぱっと開くのですが、このとき瀬戸内海産は、身がまったりしているので(色も雪のように真っ白です)、折り重なって美しく開くのに対し、韓国産は身がパサパサしているので、包丁を入れた切れ目が目立ってしまうのだそうです。

モの料理法は、『湯引き』、『くずたたき』、『つけ焼き』の3つが一般的。いずれも、下ごしらえとして骨切りが必要なのは、先に申し上げた通り。
 まず『湯引き』ですが、これは、皮の側だけを数秒湯に浸し、皮が柔らかくなったら、全体をサッと湯にくぐらせ、今度は氷水に落として身をシメたもの。梅肉しょう油か梅肉酢で食べます。別名『落とし』とも。酷暑でも食欲のわく、まさに真夏の食べ方です。
 『葛たたき』は、身全体に片栗粉を、包丁を入れた隙間までもれなく塗し、余分な粉を叩いて落としたら、塩水で4〜5分茹で、椀に入れてだしを張った椀物(片栗粉を塗すのは、茹でるときに身の旨味の流出を止めるためです)。 『つけ焼き』は、身に金串を打って、醤油ベースのタレをつけて焼いた、いわゆる照り焼き。丼物にする場合もあります。 ほかにも、刺身にしたり、皮をきゅうりと一緒に和えて酢の物にしたり、食べ方はいろいろ。左表の京料理店に足を運べば、献立のどこかに必ずハモ料理を入れていますので、一度お試しください。

の京料理は、ハモ以外にも、上桂川の(旬は6〜8月)、広島のじゅん菜(スイレン科の水草で、プルンとした透明の「あん」が増えておいしくなるのは、ハモと同じ6月下旬〜7月)、上賀茂産の賀茂茄子(かもなす)など、美食がいっぱい。
 夏が終われば、今度は松茸の季節。その松茸の引き立て役には、産卵を終えて脂が落ちた秋ハモが一番。松茸の土瓶蒸しなどには欠かせない脇役となります。 この夏は、貴方も京料理の食材の季節による繊細な味の変化を、ご自身の舌でお確かめください。

ハモの成魚
ハモの『骨切り』(本文参照)
つけ焼き
湯引き
くずたたき

ハモは成長すると体長2メートルに達するそうですが、食用に供されるのは体長60〜70センチ、重さは500グラム〜1キロのもの。養殖はなく、すべて天然物。どう猛な性格で、鋭い歯で噛みつくため、釣り上げた際は要注意。湯引きにするなら500グラム前後の小振りで肉の薄いものが向き、つけ焼きにはもう少し大きいものが向くと言われています(焼けば骨が柔らかくなるから)。シメた後は、生息海域の水温と同じ10℃前後で保存するのがベスト。昔は井戸に吊して保存したそうです。

『辻留』(港区元赤坂1-5-8 TEL:3403-3984)は、向付に始まって留椀に終わる正統茶懐石を出す、名門料理店。裏千家御用。夜の懐石は25000円?。この季節には献立に必ずハモと鮎が含まれています。ビルの地下とは思えぬ静謐な別天地です。

元麻布の裏通りの『酒飯包正』(港区元麻布3-2-21 TEL:3479-2880)は、『辻留』出身の料理人・原正明氏が包丁を握るカウンター10席の懐石料理店。コースが13000円〜。一品もあり。創業23年ながら、もはや東京を代表する日本料理の名店。

『分とく山』(港区西麻布4-2-13 TEL:3400-2968)は、京料理ではなく野崎洋光料理の店。但し、流行りの創作和食ではなく、あくまで伝統にのっとった本物。ハモを生の刺身でも出してくれます。ちなみにザガットの日本料理部門で最高点の店です。

「京料理のそのほかの夏の食材」
:釣りは6月に解禁。旬は6〜8月。8月のメスがベストと言われます。
賀茂茄子:直径8〜12センチのまん丸の茄子。京野菜の代表選手。
じゅん菜:全国で作られていますが、広島産が最高とされています

更新日2003年7月13日
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