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 東京湾は、水はいささか汚れているものの、小魚やプランクトンや多く生息しているため、そこに棲む魚は、他所で獲れる魚とは明らかに違う深い味わいがあります。そんな東京湾に棲む魚介を、ゴマ油でカリッと揚げて食べるのが、寿司・蕎麦と並ぶ江戸三大料理の一つ、天ぷら。

小平一雅  天ぷらは元々は、16世紀に長崎に上陸したキリスト教宣教師が食べていた魚のフリットを、日本人が真似したもの。当初は上層階級の食べ物でしたが(徳川家康は天ぷらの食べ過ぎで死んだという説もあります)、18世紀に入って、安価なゴマ油が出回り始めると、庶民の屋台料理として江戸中に広まります。
 1年の中でも、6月は、ギンポウ、キス、稚鮎など、おいしい天ダネが出揃う季節。今回はそんな天ぷらのお話をいたしましょう。
本料理には『走り』『』『名残り』という言葉があり、それぞれが10日間ほど。つまり、食材がおいしく食べられる期間は最大限30日間と考えられています。そんな考え方が最も顕著な料理法の一つが、素材の味をそのまま引き出す天ぷらです。
 天ぷら屋さんの品書きには、エビ・穴子・キス・メゴチの4つの魚類は通年で載っていますが、それぞれにもちろん『旬』があり、また、それ以外のラインアップは季節によってガラリと変わります。たとえば1月はふきのとう、2月は帆立スミイカ、3月は白魚、4月は山ウドタラの芽、5月は空豆アスパラガス稚鮎(ちあゆ)──そしてピークは何と言っても6月です。

月の代表的な天ダネは、野菜なら、初夏の訪れを告げる谷中生姜。魚なら、「銀宝を食べずんば天ぷらを語る無かれ」と言われるギンポウ(大型のドジョウのような魚です)。昔は東京湾でもたくさん獲れたそうですが、最近はめっきり漁獲量が減り、『みかわ』あたりでも1年で15日くらしか入荷しない「幻の魚」となっています。そのギンポウが出回るのが、5月中旬から6月上旬まで、というわけです。
 キスも6月から7月にかけて、産卵を控えたメスに脂が乗るため、「6月のキスは絵に描いてでも食え」と言われるほど。ミルクのような甘みが出ます。
 また、天ぷらに使われる車エビは実は出世魚で、小さいうちは『才巻(さいまき)』と呼ばれてかき揚げに使われ、少し成長したものが『巻き』と呼ばれて普通に揚げられるのですが、『巻き』の天然モノが出回るのは6〜9月。それ以外は養殖になってしまいます。
 6月上旬は稚鮎、空豆、アオリイカ等もまだまだおいしく、天ダネのオールスターが揃う季節と言っても過言ではありません。6月に入ったら、迷わず天ぷら屋さんへGOです。

ぷらのコースは、エビに始まりかき揚げで終わるのが普通。これはどこの店でも同じ(2番目に出されるのはもう、イカ派とキス派に分かれますが)。
 エビが最初に出されるのは、揚げる時間が短いから。そして短い時間で揚げないと、火が通り過ぎて、プリッとした弾力ある食感が失われてしまうと言います。 また、エビは自己消化が速く、新鮮でないと味は著しく落ちてしまうもの。従って、最初にエビを出すのは、「うちの材料はこんなに新鮮ですよ」という店側のプレゼンテーションにもなっているわけです。

ビとは逆に、揚げる時間が短いと生臭さが残ってしまうのが、穴子や稚鮎。これはだいたいコースの後半に出されるのが普通。また、茄子や蓮根などの野菜類は、火力を落としてゆっくり揚げた方がおいしくなると言います。
 従って、揚げる時間の最適な長さや最適な火力が異なる材料を、一つの鍋で揚げなければならないのが、天ぷらの難しいところ。天ぷら屋さんは、その都度その都度の最適温度を見切ることに全神経を傾けています(有名な『楽亭』は少し前まで、2回転に分けてお客さんの来店時間を指定し、同じ材料を同時に揚げるようにしていたそうです)。
 店の側がそこまで神経を使っているのですから、食べ手としては、天ぷらを出されたら、ペチャペチャお喋りしていないですぐに食べるのが礼儀というもの。揚げる時間の長い穴子や根菜類はともかく、エビやイカのように揚げる時間が短い食材ほど、放っておくと味が急速に落ちます。ご注意のほどを。

ころで、最近の天ぷら屋さんは、綿実油サラダ油で真っ白に揚げる関西風のあっさり味が主流のようですが(長野県知事も「サラダ油率の高い揚げ方が好きだ」と書いていました)、元々、江戸前の天ぷらは、色も香りも強いゴマ油で揚げるのが主流。これには、昔、関東以北の畑のあぜ道ではゴマが作られていたという、歴史的経緯も関係しているようです。そして、そういうゴマ油率の高い天ぷらには、塩やレモンより、天つゆの方がよく合うもの。

ラダ油系を好むか、ゴマ油系を好むかは個人の嗜好ですが、京都生まれのかの北大路魯山人ですら、「ゴマ油がよい」「大豆油は無味に等しい」と言っており、ある意味、ゴマ油へのこだわりは天ぷらの生命線。そして東京でも、幕末期からつづく老舗ほどゴマ油率は高いようです(別表)。ここは一つ、貴方もゴマ油系の方に挑戦されてはいかがでしょうか。

中山美穂の一番絞りのCMで一躍脚光を浴びた『大黒家』(TEL:3851-4561台東区柳橋 1-2-1)は、かつて花街として栄えた柳橋の中心に位置する古い日本家屋の一軒家の天ぷら屋さん。昔は近くの日本橋に魚河岸があった関係で、この界隈には小粋な天ぷら屋さんがたくさんありますが、中でも飛び抜けて粋なのがこの店。窓から見える神田川の船宿には、江戸の面影も。カウンターの中では、CMにも登場した2代目当主の丸山サンが、静かに天ぷらを揚げています。夜はコースが¥9500です。

『みかわ・けやき坂通り店』(TEL:3423-8100六本木ヒルズ内)は、早乙女哲哉の茅場町『みかわ』の2つめの支店。外見は金ピカでギョッとさせられますが、中はいたって落ち着いたいい感じ。揚げ手は八丁堀店を任されていた中川崇(34才)。

『あさぎ』(TEL:3289-8188中央区銀座6-4-13)は西麻布で86年から営業していた銘店が、1999年に銀座の渋い裏露地に移転。席数はカウンターのみの8席。一人の揚げ手が一つの鍋で揚げるには、カウンター10席までが限界だそうです。

『畑中』(TEL:3456-2406港区麻布十番2-21-10 1F)は、『天一』出身の主人が揚げる、カウンター10席の店。味は折り紙付き。壁に掛けられた墨文字の一枚紙の品書きは、7通りあって、季節ごとにかけ替えているそうです。


東京を代表する天ぷら
店名 場所 電話 創業 使っている油
中清 浅草 3841・4015 1870年 ゴマ油のみのブレンド
土手の
伊勢屋
日本堤 3872・4886 1889年 ゴマ油のみのブレンド
てん茂 日本橋 3241・7035 1885年 ゴマ油のみのブレンド
あさぎ 銀座 3289・8188 1986年 ゴマ油のみのブレンド
楽亭 赤坂 3585・3743 1963年 ゴマ油9:綿実油1
畑中 麻布十番 3456・2406 1997年 ゴマ油7:サラダ油3
大黒家 柳橋 3851・4561 1887年 ゴマ油6:サラダ油4
みかわ 茅場町 3664・9843 1976年 ほぼ半々(季節により異なる)
はやし 日本橋 3241・5367 1955年 ゴマ油2:サラダ油8
更新日2003年6月15日
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