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ホイチョイプロダクションズの東京コンシェルジュ
 1492年、イタリア人のコロンブスがイベリアの女王に航海の援助を願い出たとき、「新大陸から 新しいスパイスを持って帰ります」と言うと、女王は「我々にはニンニクがある。スパイスは要らぬ」 と言ったとか。スペインは15世紀の時点で、既にニンニクを多用したあの強烈な味を確立していたの です。

小平一雅  ところで、2002年の東京は、有楽町のギーニョギーニョ(2月)、銀座スペインバル(5月)、麻布 十番のミヤカワ(5月)、曙橋の小笠原伯爵邸(6月)、青山のテソロ(7月)と、スペイン料理店 が続々オープン。その背景には、エルブリ(エルブジとよく書かれていますが、正しくはエルブリで す)に代表される、『新しい料理』(コシーナ・ヌエバ)の流行があります。
京のスペイン料理事始めは、1964年の東京オリンピックの際、選手村のコックとして来日したベルナルドというスペイン人が日本女性と結婚して東京に残り、虎ノ門に出したラス・クエヴェスという店(この店は、残念ながら現存しません)。
 その後、東京のスペイン料理界を引っ張って来たのが、赤坂で1974年から営業をつづけるロス・プラトスです。今日、東京のスペイン料理のシェフのおよそ半数はこの店の出身と言われており、その影響力があまりにも強かったおかげで、スペイン料理店のメニューがどこもロス・プラトス風(よくも悪くも日本人向けの味付けということ)に画一化されてしまったという弊害もありました。

もそもスペインは、ヨーロッパではスイスに次いで山が多い国。山で仕切られた各地方は、言葉も食物も大きく異なります。南部のアンダルシアは揚げ物が中心、東部のバレンシアはパエーリヤに代表される米料理が中心、中央部のラマンチャは子羊や豚の丸焼きなどの豪快な肉料理(=アサード)が中心、そしてスペイン随一の美食の宝庫と言われる北部のバスクは、ソースを使った繊細な料理が中心--ご存知パエリアは、東部のバレンシアでは週に一度は食べられるポピュラーな料理ですが、他の地域では観光客相手のレストランしか出していません。

977年、ラマンチャ出身のスペイン人、ビシェンテ・ガルシアが青山にエル・カスティリャーノを開業。つづいてカタルーニャ出身のベニート・マニュエルが白金にサバド・サバデテを、さらにカタルーニヤ人料理人のホセ・バラオナが内幸町にパンプローナ(後にエル・パティ・デ・バラオナと改名)をオープン--この3人のスペイン人は、日本人向けの味つけに染まっていた東京のスペイン料理店に、本場スペインの多様な食文化を伝える上で、大きな役割を果たしました。

でもホセ・バラオナは、その腕のよさから、伝統的スペイン料理の継承者として将来を嘱望されていたのですが、途中からエルブリのフェラン・アドレアに大きく傾倒(夏にTBSで放送された、フェラン・アドレアの日本での食べ歩きを追った番組でも、行く先々でホセの姿が映ってましたっけ)。2001年5月には、内幸町の店を閉め、同じ場所に、ピンチョス専門店のピンチョス・ベポをオープンさせました。
 ピンチョスとは、「突き刺す」という動詞からきた名前で、バスク独特の、食材を楊枝でパンに刺したおつまみ。近年スペインでは、このピンチョスをスペイン中に流行らせようという動きがあったそうで、ホセ・バラオナはその動きに敏感に反応したわけです。
 そしてホセの店のピンチョスは、1皿150円〜という安さと、色とりどりの皿の写真をズラリと並べたかわいらしいメニューで、女性たちの人気を呼び、大成功。ピンチョスは各店が出すようになり、2002年を代表するの東京の流行りの食べ物となりました。

の成功を受けて、ホセは、2002年6月にオープンした、河田町の旧華族の屋敷を改装した一軒家レストラン、小笠原伯爵邸のシェフに招かれます。が、この店でホセが作っているエルブリまがいの『新しい料理』は、今のところ必ずしも成功しているとは言えません。同様に、表参道裏に再オープンしたテソロも、ヌエバ・コシーナ指向で、ピンと来ない味です。
 スペインの食文化をまだよく知らない我々日本人には、ヌエバ・コシーナより、エルカスティリャーノやサバド・サバデテ等の伝統的な料理の方がずっとインパクトがあり、おいしく感じられます。

しい店でも、2002年5月に麻布十番にできたバル・レストランテ・ミヤカワの、日本の食材をスペインの伝統的手法で調理したタパス(ワイングラスに蠅が入らないよう、フタ代わりにパンを置いたことに由来するつまみ料理。タパとは、タッパウエアのタッパと同様、フタの意味)や、DF松栄というスペインワインの輸入会社が、六本木や銀座に展開しているスペイン・バルの安いタパスの方が、お薦めです。

ペインでは、一つのバルで評判のタパスを一品注文し、ワインを一杯飲んだら、別のバルに移動して、またその店で評判のタパスを一品注文--つまり、バルのハシゴをするのが一般的。ハシゴした後は、自宅やレストランでキッチリ食事を摂るそうです(大食漢!)。貴方も、一つの店を、タパス一皿ワイン一杯で済ませて、東京の伝統的なスペイン料理の店をハシゴされてはいかがでしょう。愉しいスペイン・ツアーになること請け合いです。

『バル・レストランテ・ミヤカワ』(3403-2626港区麻布十番1-5-4)は、麻布十番の芋洗坂下交差点近くに2002年5月にオープンした、半分はバル、半分はレストランという使い勝手のいいスペイン料理店。バルの方は深夜2時まで営業。料理は、どの皿も味が明確で美味。オーナー・シェフの宮川秀之氏はロス・プラトス出身で、バスクを初めスペイン各地で3年修業した後、大阪エルフラメンコや麻布十番パラドール等、有名スペイン料理店のシェフを歴任。ピンチョス・ベポよりはるか前に日本にピンチョスを紹介した人物だそうです。

ピンチョス・ベポの代表的ピンチョス
(以下、右上より時計回りで)
焼きヤサイ、アボガド、アンチョビ¥170
チョリソーソーセージ、マッシュポテト¥170
サカナのマリネ盛り合わせ¥230
ヒツジのカレー¥170
セラーノハム¥230
トマト、タマゴ、アンチョビ、オリーブ¥170

小笠原伯爵邸(3359-5830)は、都の所有物になっていた1927年建築の洋館を、サンドイッチハウス、バンブーでおなじみ青和が10年契約で借りてウェディング・ハウス兼スペイン料理店にしたもの。外見のわりに内装はイマイチなのが残念。

青山のエル・カスティリャーノ(3407-7197 渋谷区渋谷2-9-12)は、青山通りに面したビルの2F。料理は、オーナーの出身地である中央部ラマンチャのアサードを中心に、日替わりで各地のメニューも。スペインの食文化に入門するには最適の店。


店名 電話 場所 オープンした年 席数 いちおしのタパス
モノモナ 5575-2226 東麻布 1977年 21席 コース料理のみ
六本木スペインバル 5414-8577 六本木 2001年11月 35席 トルティージャ(350円)
ピンチョス・ベポ 3597-0312 内幸町 2001年5月 28席 ピンチョスのみ
ギーニョ・ギーニョ 5219-2299 有楽町 2002年2月 304席 ガルシア風タコのマリネ(680円)
サン・イシドロ 3780-3146 渋谷 2002年3月 28席 タパスはコースのみ(3000円〜)
カマロン 3432-7772 虎ノ門 2002年3月 28席 タパスは日替わり(550円〜)
ミヤカワ 3403-2626 麻布十番 2002年5月 25席 タカベのプティング イクラ添え(800円)
銀座スペインバル 5537-1341 銀座 2002年5月 29席 エビの登板焼き(830円)
小笠原伯爵邸 3359-5830 新宿 2002年6月 80席 コース料理のみ
テソロ 5770-3996 渋谷 2002年7月 48席 タパスは日替わり盛り合わせのみ(2人前1600円)
更新日2003年1月21日
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