トップ 今週のエンターテインメント 来週のエンターテインメント 東京コンシェルジュブログ フラウ東京コンシェルジュ
ホイチョイプロダクションズの東京コンシェルジュ
 日本人が、真夏の暑さしのぎの知恵として編み出したのが、お化け屋敷。どこの遊園地でも、夏は、お化け屋敷を売りにしていますね。でも、心の底から冷んやりするのは、人工のお化け屋敷より、むしろ本物の霊スポットの方かも。

小平一雅  たとえば『はとバス』は、毎年8月いっぱい、霊スポットを巡る、『講釈師と行く怪談ツアー』を食事つき9200円で実施しています。だったら、自分で勉強して、回ってみてははいかがでしょう?
 今回は、自分で巡る東京怪談スポット巡りのお話をいたします。
 但し、ここで大切な注意を一つ。こういう場所に行くときは、くれぐれも、ご先祖様に対する礼儀をお忘れなく。心から手を合わせてこそ、浮かばれない霊も慰められるというもの。お盆ですしね。
21 世紀を迎えた今日でも、東京には、たくさんの怪談スポットが残されています。まずは、主な怪談スポットを示した左のマップをご覧ください。
これらのスポットの中でも、一番有名で一番霊的パワーが強いと言われているのが、大手町のビル街のど真ん中に、江戸時代の佇まいのまま、ポツンと残されている将門の首塚です。

門とはもちろん、平将門のこと。平将門は、西暦935年、京都の貴族政治に逆らい、関東八国を平定して独立を宣言しましたが、近隣諸国に攻められて、940年に戦死。はねられた将門の首は京都に運ばれ、都大路に3日3晩さらされた後、怪光を放って宙に舞い上がり、切り離された身体を求め、関東目指して飛んで行ったと言います。その首が落下した先が、この首塚。ここには長らく、将門を祀る神田明神が置かれ、崇められてきましたが、徳川家康が江戸に幕府を置いた際、将門の霊に江戸城の鬼門を守って貰おうと、今の外神田に移転。首塚だけが残されました。
 その後、幕府や政府が、この首塚を粗末に扱うたびに、東京の街が大変な目に遭ってきたことは、荒俣宏の「帝都物語」などでも再三語られている通りです。

在、この首塚は、大手町のビル街の真ん中、三井物産、三和銀行、旧長銀のビルに囲まれて、そこだけポッコリ更地で残されており、周囲のオフィスは、社員たちが首塚に決して背を向けないよう、慎重にデスクを配置しているそうです(その中の一つ、長銀がつぶれてしまったのは、もしかしたら、誰かが首塚に背を向けていたためかもしれません)。

ころで、この将門の首塚と同じくらい、強い霊パワーがあると言われているのが、羽田の大鳥居です。
旧空港の駐車場の真ん中に長年、ポツンと残されていたこの大鳥居。そもそもは、羽田空港がまだ軍専用の東京飛行場だった1931年に、付近の穴守神社の一の鳥居として寄進されたもので、それほど古いものではないのですが、第二次世界大戦後、進駐軍が、この空港を拡張するために穴守神社を移転。鳥居も壊そうとした際、作業員が事故で命を落としてから、この鳥居を動かそうとすると、必ず大きな事故が起こるという言い伝えが生まれ、誰も触れられなくなってしまいました。
 その大鳥居がついに、400メートル海側に移されたのは、2000年のこと。入念なお祓いのおかげか、事故こそ起こりませんでしたが、クレーンで鳥居を抜いたとたん、空が突然かき曇り、関係者を慌てさせたと言います。

れらの怪談スポットに共通しているのは、昔からの言われのある場所を、後世の人が自分の都合で動かしたり、その上に何か建てたりしようとしたときに、怪談が生まれている、ということ。
日本怪談史学会主幹の小池壮彦さんは、こう語っています。
「東京の怪談スポットに関する言い伝えの多くは、愛着のある土地に勝手に手を加えようとする政府や大企業に対する、庶民たちのささやかな抵抗として作られたものです。東京大空襲や関東大震災のように、大量の犠牲者が生まれたときには、人々の間に早く立ち直りたいという気持ちが働くせいか、怪談はあまり生まれていません。むしろ東京で怪談が一番たくさん生まれているのは、60年代の高度成長期のときなんです」
そのことを頭に入れて、これらの怪談スポットを見直してみると、街を守ろうとする庶民の心意気が感じられ、感慨深いものがあります。貴方も歴史を勉強した上で、ご自身で回ってみて下さい。

「平将門首塚」は、住所も大手町1丁目1番地。深夜でも供養に訪れる老人の姿がしばしば。訪れる際は、・石碑に絶対さわらないこと、・必ず手を合わせること。さもないと、東京がたいへんなことに。

穴守神社の大鳥居は、昭和に建てたものなので、鉄筋コンクリート製。現在は空港入り口の多摩川弁天橋脇に、囲い付きで鎮座。ちなみに、穴守神社は、その名前から女性の守り神といわれています。

「千駄ヶ谷トンネル」は、車と同じスピードで走る女の霊や、フロントガラスに手形がつくなどの話で有名。ちなみに反対隣には、岩崎宏実の『万華鏡』などの怪音現象でおなじみ、ビクター・スタジオが。

「鈴ヶ森処刑場跡」(品川区南大井2-5)は、史跡にも指定されている江戸時代の処刑場の跡地。切り落とした首を洗った井戸や、火あぶりに使った台座などがそのまま残されていて、かなり怖い雰囲気。



1:本妙寺。江戸時代の振り袖火事の火元。

2:巣鴨プリズン跡。第二次大戦の戦犯収容所。東条英機もここで処刑。

3:淀橋。武蔵野の開発で金を稼いだ長者が、金を隠しに行った帰り、荷運びをした下僕を斬り殺し川に捨てた橋。

4:お岩稲荷・田宮稲荷。ご存知四谷怪談のお岩さんを奉る二つの神社。

5:文化放送。元は聖パウロ女子修道院。賛美歌が聞こえるとの噂。

6:将門首塚(本文参照)。

7:2・2・6事件刑場跡地。1936年の226事件の首謀者たちの処刑跡地。

8:千駄ヶ谷トンネル。墓地の下を掘ったトンネル。幽霊目撃談多数。

9:ホテルニュージャパン跡。1982年に死者33名に上る大火災の跡地。現在ビル建設中。

10:国立予防衛生研究所跡。人体実験もしたと噂された研究所の跡地。

11:鈴ヶ森刑場跡。江戸時代の2大刑場の一つ。

12:穴守稲荷大鳥居。(本文参照)



更新日2002年6月23日
森ビル 免責事項 J-wave