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  サッカー全日本のフィリップ・トルシエ監督は、大のそば好き。渋谷のサッカー協会にほど近い渋谷砂場に週3日通い、箸を器用に使いこなして、せいろを旨そうにたいらげると言います。
 折しも、11月の東京は新そばの季節。そばの実は成長が速く、わずか75日で収穫期を迎え、7月と10月の年2回収穫されますが、とりわけ秋に獲れるるそばは、夏のそばより味も香りも優れ、新そばと言えば普通、秋の新そばを指します(それと区別するため、夏の新そばは「夏新」と呼びます)。

小平一雅  東京では、新そばは10月末から出回りますが、10月中は夏新の粉と混ぜて使う店も多く、新そばを本当に楽しめるのは11月から。
 今回は、トルシエも喜ぶ秋の新そばのお話をいたしましょう。
れではまず、東京のおそば屋さんの歴史から。18世紀初め、大阪の遊廓・新町にあったそば屋の和泉屋は、周りが建設用の砂置場だったために、浪速っ子から砂場と呼ばれ、たいそう繁盛していました。その砂場が18世紀中頃、江戸の薬研堀、今の東日本橋に進出。これが東京で最初のそば屋とされています。
 同じ頃、浅草の道光庵というお寺に、そば打ちの名人の住職がいて、そのそばを食べに、遠くからも客が押しかけていました。道光庵は、繁盛し過ぎたために本院からそば作りを禁じられてしまいますが、江戸ではその名声にあやかって、屋号に「庵」をつけるそば店が続出。「長寿庵」や「大むら庵」の起こりがそれです。

の後、砂場は、大阪や薬研堀の店はなくなってしまいますが、のれん分けした室町・巴町・虎ノ門・赤坂などの銘店は、今につづいており、中でも、南千住の店(右図)は、現存する最古の砂場として、全国160店の砂場の総本店になっています。
 また、この砂場と並ぶ老舗が、麻布十番の更科と、神田淡路町の藪そば。どちらも、本家筋の系統がしっかり守られており、砂場と合わせて、江戸前そばの三大老舗と言われています。

もそも、そばは戦前までは、食事ではなく間食。そば屋は、喫茶店と居酒屋を合わせた、イタリーのバールのような存在でした。従って、歴史の古い老舗ほど、一枚のそばの量は少なく、箸で二、三度すくえばなくなっちゃう感じ。そのそばが、会社員の昼食に昇格したのは、終戦後、食糧事情が悪くなってからのこと。おかげでそば屋が急に忙しくなり、地方から集団就職で上京してそば屋に勤める若者が増え、彼らがのれん分けで独立し始めた1950年代から、東京のそば屋は一気に増えました。のれん分けで、数が多くなった代表的な「そば屋ブランド」を右表にまとめておきますので、お近くのそば屋のルーツをたどってみてください。

ばの実は、収穫の際は殻に覆われています。殻がついたままの実を玄そばと言い(恵比寿のオシャレそば店松玄の玄はそこから取っています)、その玄そばを臼で挽いて粉にし、水を加えて丹念に練り、薄く伸ばして細く切って、茹でる━━これががそば作りの基本です。このとき、地方では、殻や雑物も一緒に挽いて粉にしてしまいますが、江戸では、挽いた粉を、目の細かいふるいにかけ、殻や雑物を徹底的に漉して、実の中央の白い部分だけを粉にします。江戸前のそばが白っぽいのはそのためです。
 白い江戸前そばは、田舎そばに比べ、そば本来の風味には劣るものの、食感とのどごしがいいのが特徴。江戸っ子がソバをツルツルッとすすり、あまり噛まずにゴクンと飲み込んでしまうのは、そうやって食べた方が、食感も香りも楽しめるから。あなたもぜひ、新そばはもりで注文して、ツルツル、ゴクンでお試しください。

ば粉を麺にすると、味の劣化が格段に早まります。これがラーメンなら、麺の状態でも持ちがいいので、製麺所で作られた麺を仕入れればいいのですが、そばはそれができないため、90%以上の店が、手打ち・機械打ちの違いはあるものの、粉を仕入れて自分のところで麺を打っています(ラーメン屋よりそば屋の方が店じまいが早いのは、翌朝の麺作りに時間がかかるからです)。

の上、一度茹でたそばは、味の劣化が1分で始まります。色が変わり、シャキッとした勢いが失われ、くっつき始め、早い話がのびるのです。出前で30分も経ったそばは、別の食べ物。そばをおいしく食べようと思ったら、出されてすぐに食べるのがコツ。
ところが中には、そばはちょっとのびかけの方が、香りが出ておいしいと言い、そばが前に出されても、つまみで一杯やって時間を潰し、それからおもむろに食べるひねくれたお爺いちゃまがいます。そういう人は、乾きかけたそばに日本酒をサッと振って食べたりします。が、こんなひねくれた技は、若い方々は真似しない方が無難。それよりは、熱盛と言って、もりそばを水ではなく、湯で通したものをご注文なさい。その方がずっと通っぽいですし、そば本来の香りも楽しめますから。

ばは、同じ広さの畑で作っても米の3割しか収穫されないため、国内生産は減少の一途。今日、日本のそばの80%は輸入物です。風味にさほど違いがないとは言え、せめて新そばだけは、新鮮な国産そば粉で食べたいもの。店では、国産物を使っているかどうかのチェックもお忘れなく。


『並木藪蕎麦』(台東区雷門2-11-9 ・3841-1340)は、神田藪蕎麦を作った堀田七兵衛の三男、勝三が1913年に起こした店で、神田藪とは「はとこ」同士の関係。ちなみに、この並木藪と神田やぶと、同じ「はとこ」世代が経営する池ノ端の藪を、江戸っ子は「三やぶ」と呼びます。浅草雷門前の大通りに面したこの『並木藪蕎麦』は、池波正太郎、山口瞳など、多くの粋人、文化人に愛された、江戸前のそばの名店中の名店。店内に張りつめる静謐な緊張感は見事と言うほか無く、蕎麦の味もケタ違い。一度は訪ねたい名店です。

『南千住砂場』(荒川区南千住1-27-6 ・3891-5408)は、数々の砂場を生んだ砂場藤吉の直径展が、1912年に麹町から移った店。店内はゴチャついていますが、構えはご覧の通りの風格です。

『黒澤』(千代田区永田町2-7-9 ・3580-9638)は、映画監督黒澤明の息子一家が、1999年、永田町キャピトル東急ホテル前の、思いっきり渋い場所に作った、黒澤明記念館的な蕎麦店。こちらも店構えが抜群です。

『表参道蕎麦工房』(渋谷区神宮前5-15-9A棟)は、裏原宿のそのまた奥の住宅街に忽然と現れる一軒家そば店。国産そば粉の手打ち蕎麦で、味はかなりのもの。

『たけがみ』(港区赤坂3-13-16 田辺ビル1、2F・3586-3636)は、TBS会館前の裏露地にある料亭風のそば屋。夜はそば会席のコースが基本ですが、空いていれば、この店構えでそば一杯でもOK。

更新日2001年10月21日
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